遺産分割審判に対する即時抗告事件

【事件番号】高松高等裁判所決定昭和35年(ラ)第101号(家庭裁判月報14巻7号62頁)
【判決日付】昭和36年1月8日
【判示事項】一、相続開始後共同相続人の一人が相続財産を減失又は減少させたため、他の相続人が前記相続人に対し、損害
      賠償請求権を有するに至つたとしても、これを遺産分割の審判にあたつて具体的相続分に算定すべきでない。
      二、相続開始後相続財産から生じた収益は、遺産に属せず、相続財産とは別個の共有財産である。
      三、遺産分割審判に対する即時抗告においても家事審判法第七条、非訟事件手筒責法第二五条、民事訴訟法第四
      一四条により同法第三八五条の適用がある。
      四、びようぶ、膳、椀等の相続財産で使用価値、交換価値のほとんどない場合は、相続人が特別の愛着をもち、
      主観的価値が高いと認められるものでない限り、強いて遺産分割の対象に加える必要がない。

       主   文

本件抗告を棄却する。

       理   由

抗告の趣旨及び理由は別紙記載のとおりである。
一、抗告理由第一点、第八点、第一六点について
原審での鑑定人水渓房太郎の供述(記録二九七丁以下)によると、同鑑定人は土器町所在農地の取引の仲介をしたことはなく、
小作農地に対する小作人と地主との権利の割合を五対五と鑑定したのは、農協関係の人物より伝聞したところがそうであつた
からというのであつて、十分の根拠があるものとは認められない。
反つて調査官の調査報告書(同三〇四丁以下)、原審の証人堀家重俊の証言(同三八一丁以下)がより客観的事実を述べてい
ると考えられ、これによると右割合は通常小作人六、地主四であることが認められる。
税務処理上の基準は必ずしも客観的事実と一致するとはいい得ない。
よつて原審判が鑑定人水渓房太郎の意見を採用せず、右調査報告、証言により右割合を六対四として相続財産中の小作農地を
評価したのは相当である。
又一般論として地主と小作人の関係は一様でないから、すべての小作地について権利の割合が同率といい得ないことは所論の
とおりである。
しかし抗告人が例示するような小作人が耕作権を取得するため出金したとか、預け小作であるとかの特別の事情の存しない通
常の小作関係にあつては、一地方における小作地の権利の割合は平均していると認めるのが相当である。
原審の認定した割合は通常の小作関係におけるものであり、かつ記録を通じ本件相続財産中の小作地に、右特別事情が存在す
ることを認め得る証拠はない。
抗告人は耕作者駒松時則耕作田字本村三〇七五番地の一、一反四畝九歩はいつでも返還を受けられるかの如く主張するが、そ
れが独断に過ぎないことは前記調査官の調査報告書により明らかである。
又相手方善行が相続開始後相続財産である農地に耕作権を設定したために、その価格が減少したとしても、それは他の相続人
の善行に対する損害賠償請求権の有無の問題であり、これら権利の存否は、遺産分割の審判における具体的相続分の確定に当
り、しんしやくすべきでないことは後記四で述べるとおりである。
所論はすべて理由がない。
二、同第二点、第一〇点、第一五点について
所論証明書は文言自体本件相続財産に対する相続分の抛棄、あるいは無償譲渡の意思を表示したものとは解せられないし、又
事実名義人らにその意思がなかつたこと、及び同人らは現在でも相続分を主張し分割を欲していること、少くとも相続分の抛
棄、贈与の意思がないことは、調査官の調査報告書(記録九〇丁以下)、相手方横井ツルヱ、天野トヨヱ青木好子、石井秀子
らの回答書(同九三丁以下)、及び原審における相手方横井ツルヱ(同二〇六丁以下)、青木好子(同二〇八丁以下)、天野
トヨヱ(同二六五丁以下)の各供述によつて明らかである。
よつて抗告人の主張は失当である。(なお生前贈与の有無は後記七のとおりである。)
三、同第三点、第四点、第一一点について
当裁判所も原審判と同一理由により本件宅地、農地はその全部を相手方善行に帰属させるのを相当と認める。
右方法による分割が民法第九〇六条家事審判規則第一〇九条に違背するとは解せられない。
抗告人の主張は独自の見解に基づくものであつて採用できないかその主張のような事情を前提としてもなお前記結論を左右す
るに足りないものであつて、いずれも採用できない。
四、同第五点、第一二点について
遺産分割の対象となる相続財産は分割時現存するものでなければならないから、所論建物や解体前の部屋がすでに取りこわさ
れて現存しない以上、分割の対象とならないのは当然である。
又仮りに右建物、部屋が相続開始後相手方善行により取りこわされ、それによりその余の相続人が右善行に対し損害賠償請求
権、あるいは不当利得返還請求権を有するに至つたとしても、これらの債権は相続開始後生じた右相続人らの固有の債権であ
り、被相続人から承継された相続財産ということはできないから、協議あるいは調停による遺産分割に際し事実上清算するの
は格別、審判において各相続人の具体的相続分を確定する上に考慮すべきではない。
民法第九〇六条は遺産分割の審判に際し一切の事情を考慮すべき旨規定しているが、右規定は相続人相互間の債権債務も審判
の機会に清算すべきことを命じているものではなく、又これを許容しているものでもない。
従つて原審判がこれら債権額を確定して相続財産中に算入せず、相手方善行の具体的相続分確定に際し右債権類を控除しなか
つたのは正当であり、論旨は理由がない。
五、同第六点、第七点、第一三点について
相続開始後相手方善行が収得した相続財産である農地の小作料、自作収益、宅地の占有利益が相続財産に属しないことは、こ
れらの収益がいずれも相続開始後生じたものであることから明らかである。
相続財産は分割に至るまで相続人の共有に属するから、これら相続財産からの収益も相続人の共有であると解されるが、しか
しあくまで相続財産と別個の共有財産であるというべきである。
(民法第九〇九条は、相続は被相続人からの直接の承継であるとする同法の理論に合致させるための擬制に過ぎない。
従つて分割の結果収益を生んだ相続財産が相続人の一人に帰属しても、同法案を適用して右分割時までの収益を同人に帰属さ
すべきではないと解する。)しかも相手方善行はこれら収益を別途保管していることが認められる証拠はない。
小作料の如く現実に収得した収益も善行の固有財産に混入してその所有に帰し、すでに消費されたものと認められる。
従つてこれら収益を相続財産に算入すべきでない。
もつとも善行に対しその他の相続人が前記収得を理由に損害賠償請求権、不当利得返還請求権を有することは考えられる。
しかしこれら権利の存在は遺産分割審判において考慮すべきでないことは前記四で述べたとおりである。
原審判が相続開始後相手方善行が収得した、相続財産である農地の小作料、自作収益を、相続財産に算入したのは違法たるを
免れない。
しかし遺産分割に対する即時抗告においても家事審判法第七条、非訟事件手続法第二五条、民事訴訟法第四一四条により、同
法第三八五条の適用があると解されるので右違法を理由に原審判を取消すことはしない。
六、同第九点、第一四点について、
 相続財産の評価はあくまで客観的価額によりなさるべきである。
相続財産に対する特定相続人の愛情価値の如きは分割に際し事実上考慮されることがあるにとどまり、価値を金銭に換算して
評価すべきでない。
又原審がびようぶ、膳、腕を実質的に相続財産に加える価値がないと判断したのは検証の結果によるものであり、抗告人が無
価値と認めたからではない。
これら動産がほとんど使用価値、交換価値のない場合は、相続人が特別の愛着を持ち、主観的価値が高いと認められるもので
ない以上、現物分割の対象として強いて相続財産中に加える必要はない。
そして記録を通じ相続人中これら動産に特に愛着を感じ、分割を望んでいる者があることが認められる証跡はない。
抗告人はさもこれら動産に先祖の遺産形見として愛着を持ち、分割を望むが如く主張するが本件申立以来の抗告人の主張、要
望を全体的に観察して到底真意であるとは解せられない。
又原審はその他の動産は分割時に現存しないことを認定しているのであり、相続開始時存在した財産も分割時存在しないとき
は、分割の対象とならないこと、その存在せざるに至つた事情の如きは審判に際し考慮すべきでないことは前記四に述べたと
おりである。
 抗告人の主張は理由がない。
七、同第一七点について
 多くの農家では妻が夫とともに耕作に従事する。
しかしだからといつてこの場合常に農業が夫婦共同で経営されており、損益は夫婦の両方に帰属すべきであると解するのは速
断に過ぎる。
けだし経営の主体は夫であり妻はそれを補助しているのが通例であると考えられるからである。
原審における前記相手方横井ツルヱ、青木好子、天野トヨヱの供述によると津田家の家業の主体は津田多一在世中は戸主であ
る右多一でありその妻被相続人津田アイはこれを補助していたものであることが認められる。
加えるに旧民法(改正前の民法以下同じ)にあつては夫は妻の財産を使用収益することができたのであるから、農地がアイの
固有財産であつたとしても、農業から上る収入は経営主体である多一に帰属していたものであることは当然である。
従って原審が多一在世中に結婚した相手方横井ツルヱ、青木好子、天野トヨヱの嫁入仕度が農業収入からの蓄積からなされた
ものであるから、多一から贈与を受けたものであり、アイからの贈与ではなかつたと判断したのは結局正当である。
又原審の認定によると相手方石井秀子が結婚したのは多一死亡後であり、新戸主津田(現姓須藤)千代枝はまだ幼少であつた
ことは明らかである。
前記原審の相手方横井ツルヱ、青木好子、天野トモヱの供述によると多一死亡後農業に専ら従事していたのはアイであつたこ
とが認められる。
旧民法において家族は自己の名において得たる財産をその特有財産とすることができた。
しかし本件にあつてはアイが自己の名において農業をしていたことを認め得る証拠はない。
むしろ当時「家」中心の思想が一般的であることを考えるとアイは自己の固有農地の使用収益を新戸主である千代枝にも許容
し、千代枝の名において同女を代理し、あるいは同女を補助して農業に当つていたと認めるのが相当である。
原審判が相手方石井秀子の嫁入仕度も農業収入からなされたものであるから、アイからの贈与でなく千代枝からの贈与である
と判断したのも正しい。
かくて右四名の相手方は本件相続については特別受益者に該当しないから、原審判が旧民法第一〇〇七条(新民法九〇三条を
適用しなかつたのは何ら違法ではない。
以上の次第で本件抗告は理由がないから主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 横江文幹 裁判官 安芸修 裁判官 野田栄一)
抗告理由(省略)